2013年11月26日火曜日

Pray for...


前回の続きです。

夕食が終わりにSさんが
「私は来月の11日に帰らなくちゃならなくなったんだ。」

Sさんの日本にいる息子さんがChchの地震に心配して
本来の予定より早い帰国を頼んだそうです。

ちなみにsariの帰国予定日は12日でした。


ここからは3.11の話になるので
大丈夫な方のみ、追記を開けてください。




結局sariは10日の夕方にステイ先を出て、
オークランドにある空港近くの小さな民宿の様な所に泊まりました。

12日の早朝に出れば飛行機に間に合うので
11日は最後のNZを満喫して16時くらいに戻り、最後の準備を部屋でしていました。

もちろん個室にテレビは無いので
シャワー浴びた後にロビーでのんびりテレビを見ていたら
「.....tsunami......miyaji.....」
の音声と共に区画整理された田圃の様な所を
泥水が流れてくる映像が流れました。

多分NZ時間で20時くらいのニュースを見ていましたが
海外独特の画質の粗い映像と、あまりにも何もない田園風景だったので
sariはてっきり中国の話だと思っていたのです。

海外でも津波の発音はそのままだし、
ミヤジもうまく日本語として入って来なかったから。

でもすぐにこっちの大学の友達からの電話で
日本がやばい事、千葉の化学工場かなんかが爆発する事を聞いて
慌てて日本の大学に連絡したり、家族に電話したりしていたんです。

そこで、ホストファミリーから
「Sさんが今日成田に向けて発ったけれど、飛行中に地震が起きたので関空に着陸したの。
 sariは大丈夫?」という連絡を聞いて、取りあえず日本に戻れた事にホッとしました。

でも日本国内の回線が全然繋がらないので
大学はとりあえず向こうからの連絡を待って、
家族には留守電とメールで連絡待っている事と明日帰国できるかは
今のところわからない事を伝えました。

多分ロビーで慌てていたsariを見て、周りのお客さんが
「日本人なのか?」「落ち着け、大丈夫、大丈夫」と心配してくれました。

民宿の事務員も空港に聞いてくれたり
本当にテンパっていたsariに対して親切にしてくれました。

その後大学からは
「とにかく成田では無く、関空に行くように」とか
「やっぱ成田に行くように」とか
日本国内も情報が錯そうしている様に感じました。

結局大学側からは予定の時間に間に合う様に
空港に着くようにと話がついたので
不安でしたがどこか現実では無い様な感覚のまま
翌朝空港に着きました。

少なくとも朝ごはん用の軽食が機内で出るくらいの時間が
出発時刻でしたが、空港側もまだ揉めている様で
結局お昼近くに成田に向けて出発しました。

やっぱり現実味なんて全く無いし、
家族からの連絡は必要最低限の簡単なものだったので
夢の様なふわふわした感覚でいました。

いざ成田についたら、報道用カメラが出国ゲートで待っていたので
何事かと思ったら、Chchに援助として行っていた自衛隊が
日本の地震の為に同じ便に乗って帰ってきていたらしく
所々天井の落ちた成田で自衛隊を撮影していました。

成田自体もリムジンが止まっていたり、
天井が剥がれていたり、剥がれた天板が床で散っていたり、
電気の供給が上手くいっていない箇所があったのか
どことなく暗く、静かな、異常な空気でした。

sariはここでやっと少し実感を得ました。

結局sari父と一緒に電車を乗り継ぎ帰宅できました。

その時は知りませんでしたが、一般道も高速もめちゃめちゃだったようですね。

無事我が家に着き、
本も積み重ねていた諸々も動いてないように見えたので聞いてみたら
sari家では中の物が動くほど揺れなかったみたいで
一番初めに家に着いたsari母でさえ、あまりの変わらなさに
びっくりしたみたい。

ちなみにsari妹は友達とのカラオケ中で
8Fの部屋にいたので揺れてテレビが棚から転げ落ちたらしいです。

言われてみれば安いカラオケなら台座も固定されていないし、
重くて大きいテレビは凶器になるんですよね。

向こうの大学の友達やホストファミリーに無事を伝えたり
帰ってから3日くらいは忙しかったけれど
あらためて命拾いしたと思いますし、人の温かさに助けられました。

日本でもNZでも酷い天災が体を掠ったからこそ
幸せだと感じるし、亡くなった方を悼むし、本当の苦しみがわからない。

実際の揺れも、パニックも、辛さも、寒さも
sariは見て、聞いて、想像して、悲しむことしか出来ない。

多分これから3.11は日本で阪神淡路大震災の様に
忘れてはいけない事になっていきます。

それを経験していないsariはこの地域に住む限り
周りや家族との小さな溝になるんだと思います。

上手く言い表せられないですが、
幸せだったからこそ、共有できない痛みがいつまでも引っ掛かる。

それが良い悪いではなく、ただの違いです。


ただ、もし機会があって
sariの様に春休みを利用してNZに行く方は
2.22を頭の片隅に置いておいてください。

そして日本に来る機会のある海外の方も
3.11を頭の片隅に置いておいてください。


この文章を読んで気分が悪くなった方がいれば
ごめんなさい。

けれど、これがsariの経験した事で感じた事です。

最後になりましたが、
2.11と3.11で傷ついた方にお悔やみ申し上げます。

フィリピンで傷ついた方も一日も早く元の生活に戻れますように...。


次回からは留学先での話を綴ろうと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿